サーキュラーエコノミー（循環経済）への移行が加速する中、製品のトレーサビリティが新たな局面を迎えています。単なる品質管理のツールから、リサイクルプロセスを支え、サプライチェーン全体の健全性を担保する不可欠な基盤となりつつあるのです。
循環経済が突きつける新たな課題
「作って、使って、捨てる」という一方向の経済モデルから、資源を循環させ持続可能な社会を目指すサーキュラーエコノミーへの転換は、もはや避けられない世界の潮流です。この動きは、日本の製造業のサプライチェーン全体に対しても、根本的な変革を求めています。特に、使用済み製品を再び資源として活用する「リサイクル」の現場では、これまで見過ごされてきた課題が顕在化し始めています。
リサイクル現場を悩ませる「素材の複雑性」
元記事が指摘するように、特にプラスチック製品のリサイクルは多くの困難を伴います。製品の機能性や外観、耐久性を向上させるために、製造段階で添加される着色剤、充填剤、難燃剤、安定剤といった多様な化学物質が、リサイクルプロセスにおける大きな障壁となっているのです。
リサイクル業者は、回収された製品にどのような物質が、どの程度含まれているかを正確に把握することが難しいのが実情です。これにより、再生材の品質が不安定になったり、特定の用途への再利用が困難になったり、あるいはリサイクルプロセス自体が非効率になったりする問題が生じています。これは日本の現場でも全く同じであり、例えば自動車部品や家電製品に使われる高機能樹脂は、特定の添加剤によって優れた性能を発揮する一方で、その複雑な組成がリサイクルを妨げる一因となっています。再生材の品質と安全性を保証するためには、元の素材の「出自」や「履歴」を正確に知ることが極めて重要になるのです。
トレーサビリティが拓くサプライチェーンの未来
このような課題に対し、サプライチェーン全体で製品や素材の情報を追跡・管理する「トレーサビリティ」の重要性が増しています。製品が「どこで」「どのように」作られ、「どのような素材や化学物質が」含まれているのか。こうした情報を、素材調達から製造、販売、使用後、そしてリサイクルの段階まで途切れることなく引き継ぐ仕組みが求められています。
最近では、素材自体に識別情報を付与する先進的な技術も登場しており、リサイクルの現場で素材の種類や添加剤の情報を正確に把握することが可能になりつつあります。このような技術は、リサイクル効率の向上に貢献するだけでなく、サプライチェーン全体の「健全性（インテグリティ）」を担保することにも繋がります。規制物質の含有管理や、模倣品・偽造品の防止といった、従来からの品質管理やコンプライアンスの要求にも、より高度なレベルで応えることができるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のテーマは、日本の製造業にとって、避けては通れない重要な課題を示唆しています。実務レベルでは、以下の三つの視点が重要になると考えられます。
1. 製品設計思想の転換：これからの製品設計は、製造時の性能やコストだけでなく、「リサイクルしやすさ」を初期段階から織り込む必要があります（DfE: Design for Environment）。使用する素材や添加剤の情報を、後工程であるリサイクル業者に正確に伝達する仕組みを、製品設計と一体で考える視点が不可欠です。
2. サプライチェーン全体の情報連携：自社の工程管理に留まらず、素材メーカーから最終製品のユーザー、そしてリサイクル業者まで、バリューチェーン全体で情報を共有・連携するプラットフォームの構築が求められます。これは一社単独での対応には限界があり、業界全体での標準化や協業が不可欠な領域です。
3. トレーサビリティはコストではなく価値創造へ：トレーサビリティシステムの導入は、短期的には投資コストと捉えられがちです。しかし、長期的には再生材の品質向上による新たな事業機会の創出、各国の環境規制への的確な対応、そして企業の環境貢献姿勢を明確にすることによるブランド価値の向上に繋がります。これを未来への投資と捉え、新たな競争力の源泉とする経営判断が重要となるでしょう。
コメント