「永遠の化学物質」とも呼ばれるPFAS(有機フッ素化合物)への規制が世界的に強化されています。半導体製造に不可欠なこの物質の供給リスクは、日本の製造業にとって他人事ではなく、サプライチェーン全体を巻き込む深刻な課題となりつつあります。
半導体製造に不可欠なPFASとは
PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、その優れた耐熱性、耐薬品性、撥水性、絶縁性などから、多岐にわたる工業製品に使用されてきました。特に半導体製造においては、その特性が不可欠であり、フォトリソグラフィ工程で使われる薬液、ドライエッチング用のガス、製造装置のシール材(Oリングやガスケット)、配管のコーティング材など、極めて重要な役割を担っています。
これらの材料なくして、今日の高性能な半導体を安定的に生産することは困難です。しかし、PFASは環境中での分解が非常に遅く、人体への蓄積性も懸念されることから、「永遠の化学物質」とも呼ばれ、世界的に規制を強化する動きが加速しています。
世界的な規制強化がもたらすサプライチェーンリスク
欧州のREACH規則や米国の環境保護庁(EPA)による規制案など、先進国を中心にPFASの製造・使用・輸入に対する制限が厳しくなっています。この動きは、半導体産業にとって大きなサプライチェーンリスクを意味します。なぜなら、特定のPFASやその製造に必要な中間体が供給されなくなる可能性があるからです。
問題は、自社工場で使用している化学物質を把握するだけでは不十分な点にあります。製造装置メーカーから購入している装置の部品、あるいは材料サプライヤーから調達している素材に、意図せずPFASが含まれているケースも少なくありません。サプライチェーンを深く遡り、Tier2、Tier3のサプライヤーが使用する化学物質まで把握することは、極めて困難な作業です。
サプライチェーンの可視化が急務
このような状況下で企業がまず取り組むべきは、自社のサプライチェーンを徹底的にマッピングし、どの工程、どの部品、どの材料にPFASが使用されているかを正確に把握することです。具体的には、以下の点が重要となります。
- 使用物質の特定: 自社製品の製造に使用される全ての化学物質、中間体、加工助剤をリストアップし、PFASの含有有無を確認する。
- サプライヤーへの調査: 部品や材料を供給するサプライヤーに対し、PFASの使用状況に関する詳細な情報提供を求める。chemSHERPAなどの業界標準ツールを活用した情報収集が有効です。
- リスク評価: 特定されたPFASについて、規制対象となる可能性や供給停止リスクを評価し、事業への影響度を分析する。
この調査は、品質保証部門や調達部門だけでなく、製造技術部門や設計部門も巻き込んだ、全社的な取り組みとして進める必要があります。
代替技術の模索と長期的な視点
サプライチェーンの可視化と並行して、PFASを使用しない代替材料や代替技術の検討を始めることが不可欠です。しかし、半導体製造における材料変更は、製品の性能や信頼性に直接影響するため、慎重な評価と長い検証期間を要します。単純に「置き換える」ことができないケースも多々あります。
そのため、短期的な対策だけでなく、研究開発部門を中心に長期的な視点での技術開発に取り組むことも重要です。また、業界団体などを通じて規制当局の動向を注視し、情報を収集し続ける姿勢が求められます。
日本の製造業への示唆
今回のPFAS規制問題は、単なる環境規制対応としてではなく、事業継続計画(BCP)に関わる重要な経営課題として捉えるべきです。以下に、日本の製造業が実務レベルで取り組むべき要点と示唆をまとめます。
要点
- PFASは半導体製造の基幹材料であり、規制強化は生産活動そのものを脅かすリスクとなります。
- リスクは自社の直接的な化学物質使用に留まらず、購入部品や製造装置など、サプライチェーンの上流にまで広く潜在しています。
- サプライチェーンの隅々までPFASの使用実態を把握する「可視化」が、すべての対策の第一歩となります。
実務への示唆
- 経営層: 本件をサプライチェーンリスクマネジメントの一環と位置づけ、部門横断的な対策チームの設置や、調査・研究開発に必要なリソースの配分を判断すべきです。
- 調達・品質保証部門: サプライヤーへのアンケートや含有物質情報の提出依頼を強化し、サプライチェーン全体のPFAS情報を集約・管理する仕組みを早急に構築する必要があります。
- 製造・技術部門: 現在使用しているPFAS含有材料の役割と重要度を再評価し、代替材料の技術的評価を計画的に開始することが求められます。プロセス変更に伴う品質評価には時間がかかることを前提に、早期に着手することが肝要です。
この問題は、特定の化学物質メーカーや半導体メーカーだけの課題ではありません。装置メーカー、部品メーカー、材料メーカーを含む、日本の製造業全体が連携して対応していくべき重要なテーマであると言えるでしょう。

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